かぐわしきは 君の…
  〜香りと温みと、低められた声と。

    5 (まろやかな動揺と ちょっとした蹉跌?)



今年は梅雨入りも早かったが梅雨明けも早そうだとのこと。
とてもじゃないが
梅雨らしからぬ降りようしかしなかった感が強かったものの、
早ようどけどけと次の季節が来ているのでは、
これはもう仕方がないというものか……。




夏の号の原稿も提出完了とあって、
これで少なくとも
お盆辺りまでは 突然修羅場が降って来るということはない。

 “そっちにしたって、断ってもいいことなんだが。”

確約という契約なんてのはしちゃあいない。
ただ、あの熱血編集者による巧妙な“苦行セッティング”に乗せられて、
気がつけば…難しい顔に鉢巻きをして、原稿用紙に向かっているだけのこと。
さすが、付き合いの長い守護役だけに、
ブッダの性格を本人以上に把握している梵天で。

 “まま、今は考えるのはよそう。”

すったもんだの一日だったが、過ぎてしまえば妙に遠くて。
そろそろ梅雨明け確定か、
朝の涼しい風も 今朝のは妙に湿度の高いそれ。
海が近い訳でもないはずだけれど、ああ夏の匂いだなぁと感じた匂いの正体は、
線路の向こうの小学校のプールからのカルキのそれだと、

 “松田さんが言ってたんだっけ。”

そうまで蒸しても、日課のジョギングは欠かさないブッダであり。
駅前の舗道沿いに並べられたプランターに、
マリーゴールドの大きな黄色の花が咲いていたのを見つけて、
おおと気持ちが弾んでの、お顔も自然とほっこりほころぶ。

 “イエスも一緒に走れたらねぇ。”

こういうのを見つけたときほど それを思う。
ほらと目顔で教え合い、
わ!、そうでしょ?、うんうん、と。
わざわざ言葉にしない、見交わしだけで通じるのがまた楽しいだろうにね。
花なんて何だと ばっさり切るよな物言いをしちゃう人じゃなし、
一緒にわあと喜んでくれそうだからこそ、余計に残念だなぁと感じるが。

  いかんせん、
  あの寝坊癖だけはどうにも修正が利かないようで。

夜更かしを控えればいいのにと思いもするのだが、
ノートPCの先だか奥だかに広がるネット世界もまた、
イエスにとっては大事な社交場みたいなので。
それこそ口うるさい母親じゃああるまいし、
いい加減にしておきなさいと制限出来るものでなし。

 “それに…。”

本当に時々のことながら、
夜更けの妙な間合い、珍しくもぽかりと目が覚めたときなぞに。
腰高窓の桟に腰掛けて、夜空を見やっているイエスが視野へ入ることがある。
まだ起きてたのかと端的に思いつつ、
それとは違う感慨が 胸の底のほうにじわりと浮かぶ。
ああそうだね、君がいたんだねと、
それこそ今更なことへ、妙にホッとしてしまう。
真冬の夜中、真っ暗な中で目覚めたとして、
さすがに“心細い”とまでは思わぬだろうが、
独りじゃあないんだなんて暖かいことも、
感じることはないままだったのだろうから…。

 “イエスには助けられてばかりいるよなぁ。”

厳しい戒律や苦行で追い上げられた末に
“無”へ辿り着き、悟りの境地を知る、
それはそれは静謐な昇華を目指す仏教は、
他者や絆を大事とする心を認めない訳じゃあないけれど、
基本、一人で立つ強さが求められるから。
人から頼りにされる行い自体は認められても、
それを心地いいと感じてしまい、
深間にはまってしまってはならぬとするよな傾向も無くはなく。
そうまでして戒律で心を制している身には、
まるで気張らぬ自然体での言動で周囲を癒してしまえるイエスが、
それこそ そんな羨望は疚しいぞと自身へ言い聞かせたくなるくらい、
心底うらやましいなぁと思えてやまぬ。

 “考え方や向き合い方が 根本的に違うのかなぁ。”

そんなこんなと思う脳裏へ、ふっと浮かんだ声が一つ。

 『何言ってるの。
  わたしの方こそ、いつだって歯痒いのに。』

ひとしきりじゃれ合うようにして宵を過ごしてから、
さぁてじゃあ先に休むねと、並べて敷いた布団へ早い時刻にもぐり込んだブッダが、
おやすみの前に、あらためて“今日はありがとう”と告げた 昨夜の寝しな。
イエスは思い当たりが無いぞとの態でキョトンとしてから、
ああと苦笑をし、そんな言い方をした。
何のどれへの“ありがとう”か漠然としていたけれど、
肩を貸したことや宵を楽しく過ごせたことなど、
まるっと一括してわざわざ感謝したブッダらしいと判ってくれたようで。
その上で、自分の方こそ…と言い返して来た彼であり。
原稿を手伝えなかった歯痒さも足してのこと、
いっぱいいっぱいねぎらってあげなきゃあとの決意は熱かったけれど、

 『…でも、何をしてあげたらいいのかなぁ?って。』

ごはんの支度はもはやブッダの専売特許と化しているし、
(え? そうは言わないの?)
掃除もブッダの方が得意…というか、
このごろでは下手に手伝うと微妙な顔になってやり直されている始末。
きっと彼なりのこだわりがあるのやも知れずで、
そうともなると、

 『私が得意なものといや、PCについてくらいだし。』

しかもここが困ったところで、
イエスが苦手でブッダの手に助けられていることはたんとあるのに、
イエスが得意なことの中にはブッダを助けられるものはあまりない。
運動神経も上なら、忍耐も上。
生真面目で根気があって、弟子の皆さんから今でも頼られていて。
何かと心配されてばかりいる自分とは
真逆なほどしっかり者な彼へ、一体何をしてあげられるものか、
そりゃあ困っていたのだと素直に吐露し、

 『肩を貸したのだって、
  こっちから甘えさせてもらったよなもんだったんだよ?』

 『……え?』

そこは違うでしょうと、何でそういう理屈になるの?と、
意外がすぎてのこと、双眸を見開いてしまったブッダへ、

 『だから…構ってもらえなかったからってことで。』

甘えてみただけだし…と、小さな声でぼそりと言って。
そのまま空気の中へと揉み込む格好で誤魔化すつもりか、
ぶんぶんと手を振りつつ、
畳み掛けるよに“もういいじゃない”と赤くなったのが、
やっぱり何とも微笑ましくて。

 “癒されてるよなぁ…。///////”

たははと照れたように微笑ったところ、
向かい側から駈けて来た、やはりジョギング途中だろう、
トップスはTシャツにタンクトップの重ね着で、
ボトムの方は、レギンスにミニスカートを重ねたような
今時のいで立ちのお嬢さんが。
すれ違いざま、見るからに怪訝そうな顔をしたものだから、

 「あやや…。//////」

いかんいかんと我に返った、存外ナイーブな釈迦如来様だったりし。(苦笑)




一人で赤くなったり焦ったりしつつのジョギングも、
あとちょっとでゴールの自宅前と相成って。
アパート前までの直線に入り、速度を緩めて呼吸を整え始めたところで、
かちゃりと、自分たちのフラットのドアが開くのが見えた。
あれれ、結構早く起きたんだな、
しかも出掛けようっていうことは、
さてはイエスもジョギングをやってみる気になったかなと。
それら一連の想いがブッダの脳内へ浮かんだのへ、
くっきり同時進行でかぶさる格好、
視野の中へと現れい出た存在の醸す情景が、

 「……え。」

そんな彼の足への指令を制してのこと、歩みをも止めさせる。
ドアが開いた様子自体、想いも拠らなかったことだったが、
そこから現れた存在が、まだ声さえ届かぬ距離があったにもかかわらず、
ブッダの動作ごとその意志をやすやすと凍りつかせたのであり。

 それは美麗で甘美なまでの蠱惑に満ち満ちた、
 例えるなら、
 神の手により 極上の絹糸と蜜ろうとで繊細華麗に織り上げたような、
 何とも嫋やかな女性が出てくるところであったので。

すらりと上背もあり、
今時分の装い、シフォンだろうかひらひらした生地のワンピースが、
すんなりとした腕や脚、すっきりとしたデコルテから連なる豊かな胸元という、
均整の取れた肢体の見目を 邪魔せずのそれはよく映えており。
こうまで遠いのに目鼻立ちの整いようが判る、それは凄艶なタイプの美人だのに、
べたりとしたいやらしさや くどさを感じさせず、
むしろ風格のようなものさえまとっているのは、
手振りや身のさばきようといった所作に、落ち着いた品性があるせいだろう。

 しかも、

 「あ、ちょっと待って。」

続いて出て来た影が、そんな彼女へと手を延べる。
声に応じて振り返ったお顔、
しっとりと濡れたような口許に掛かっていた一条の髪を、
そおと払ってやる所作の、何とも優しげなことか。
身だしなみへと手を借りたことへか、ふふと含羞むように微笑ったその女性は、
そのまま、眩しいものでも見るかのように目許を細め、
送りにと出て来たらしいイエスの茨の冠を、
お返しのように細い指先で直してのそれから、
あらためてドアの外へと出てゆくと優雅な会釈をし、それは颯爽と通路を進む。
一階へと降りる殺風景な鉄骨製のステップを降り、
もう一度振り返っての2階を仰いだ彼女へ、
そうすると判っていたものか、
イエスの方も手摺りのところまで出て来ていての、
まるでバルコニーから恋人を見やるかのように、
じゃあねと笑顔つきで手を振って見送る丁重さを見せており。

 “………な、”

一体 何が起きているのか、
まるきりのとんと理解が追いつかないものの、
何とも和んだ表情を浮かべていたイエスの面差しと、
その見ず知らずな女性との、
二人の美々しさの馴染みのよさが、まずはと身につまされる。
こちらは汗だくの身なのがますますと、
居たたまれぬ劣等感のようなもので、じりじりとお腹の底をつつき始める。
とはいえ、そのような…見目姿の差異なぞ大した問題ではなく、
むしろ、彼らが見せた接し方にこそ身が竦む。
さして触れ合ってもいないのに、わざわざそんなもの要らないとさせるよな。
そんな何かを悟らせるほどの
意志の疎通の行き届いた者同士に見られる睦まじさ。
視線を合わせるだけで、
判ったとかしょうがないなぁとか、
そんな感情をやりとりしておりますと匂わせる、
奥行きのある笑いようや仕草だったということへ、
どうしてだろうか、途轍もない衝撃を受けたらしく、
その場に凍りついたように立ち尽くしてしまったブッダだった。





  …………………………が。


 「あら、ブッダ様ではありませぬか。」
 「はははっ、はい?」

松田アパートからどこかへ立ち去ろうとする人は、
その前の通りへ出ると右へか左へかへと進むこととなり。
彼女が進んだ先は、ブッダが戻って来た駅前へと連なる小道。
爪先の細い、エナメルの黒い靴が、やや荒れたアスファストの上で立ち止まり。
此処にいたのでは鉢合わせしてもしょうがないと、
一時停止がそんな格好で解けたブッダが、
問題の美人を前に、今更のようにあたふたしかかったものの、

 「…………………あれ?」
 「おはようございます♪」

楚々とした口調も甘く、
溌剌とした若い娘というよりは、
しっとりと落ち着きのある賢夫人を思わせる雰囲気の彼女だったが、


  「なんてカッコしてますか、ミカエルさん。」


ごーじゃす・びゅーてほー・くーるびゅーちー、
それはそれは麗しの、超美人の正体見たり。
顔なじみもいいところの天世界の住人で、
しかもしかも、イエスの守護を担っておいでの四大天使の惣領格、
大天使長ミカエルさんではありませぬか。
そちらにしても、
イエス様のご友人と、まさかにその姿で会うのは気恥ずかしいものか。
てへへという種の、それでも十分目映いばかりの明るさと甘さの、
極上の微笑を頬に口許にとたたえておいでで。

 「いやぁ、これから山嵐ファンの子たちとオフ会なんですよ。」
 「……こんな早くから?」

はい。今年のツアーが始まるのを前に、朝イチからライブのDVDを全部鑑賞しつつ、あーでもないこーでもないとお喋りしまくります。もしかして夜通しになるかもなんで、いつもの格好ではダメなんですよね。警戒って言うのでもないんですが、なんてのか、男性ファンも有りと認めつつ、でも、素の顔は見せられないみたいで。頑なに肩張ってしまわれるんで、コアなところまでの共感を語り合えないんですよね。え? 美人すぎても警戒されないか? 何を仰せです、山嵐ファンはかわいい子ばかりですから、私なんてとてもとてもvv

 「…ははあ、そうなんですか。」

ちょいとセレブ級な香りもしなくはないぞ、でも笑顔は人懐っこいのよという、
成程、同性受けしそうな超弩級の美女に、それは上手に、無理なく化けた大天使長。
こちらの困惑もどこ吹く風という満面の笑顔のまま、

 「それでは、御機嫌ようvv」

見るからにウキウキと、油断したらばスキップさえ踏みそうなノリで、
細いヒールも難なく履きこなし、
駅のほうへと向かってってしまうミカエルお嬢様であり。

 「……。」

何というのか、
呆気に取られてのこと、ただただ呆然と見送っておれば、

 「タフなもんだよね、好きなことへは。」

それもまた不意打ち、
突然、すぐ間近から立った声へ、びくくっと肩を震わせたブッダであり。

 「あ……。」
 「お帰り、ブッダ。」

すごい汗だね、もうこんな蒸し暑いんだものねと。
濡らしたのを絞って来たタオルを渡してくれたのは、
さっきまで もちょっと先のアパートの二階の通路にいたはずのイエスだ。
さすがにパジャマ姿ではなくて、
さっきの彼女(?)、ミカエルを見送っていた視野の中にブッダを見つけたため、
お迎えも兼ねてのこと、タオルを絞ると急いで降りて来たらしく。

 「……びっくりした。」
 「あはは…vv 実は私も。」

彼もまた、前以ての詳細などを訊いてはなかった話だそうで。
イエスにはよくても他の人目は気にしたというややこしさから、
どういう内緒の経路を通ったものか、
いきなり、あのピンヒールで布団の上へと着地され、
うああっと叫びかかった口を間髪入れず塞がれたそうで。

 「…彼、あなたの守護天使ですよね?」
 「の筈だけど。」

ホント、何をやらかしているのやら。(苦笑)
そんな扱いなのは今更か、
そこへは特に問題はないらしいイエスみたいだが、

 「しかもあんな姿の来訪者だもの。ブッダにいい人出来たのかって。」

どこまで本気か、
ここでずんとシリアスな顔になり、
人差し指を立て立て そんな言いようを続けたもんだから、

 「なんでそうなるんだい

そうだよね、君にはヤショーダラーさんが。
いやいや そうじゃなくって、と。
一見ベッタベタな漫才のネタもどき、
なんでやねんというツッコミで返したブッダだったけれど。

 “………はあ。”

何という級の感情の浮き沈みであったことか。
随分な動揺から 妙な暗雲が渦巻いた胸の内の重苦しさが、
されど、さっさと晴れてよかったよかったと。
思わずのこと
肩が本当に大きく揺れたほどに すすすぅっと力が抜けてゆく。
こちらのあまりの気落ちっぷりへか、

 「そっか、そこまでびっくりしたのか。」
 「まぁね。」

ごめんね、ウチの子がと、恐縮するイエスじゃああるけれど。
ああでも、そういや 弟子のペトロさんたちでさえ、
他でもないイエスをネタにした百物語とか復活祭の大騒ぎとか、
天の国では畏れ多いという言葉の使い方が違うらしい騒動も結構あったワケで。

 度肝を抜かれる級のびっくりは
 今に始まったことでも無かったね、と

納得してちゃあいかんのだろけど、
そういう比較対象を持ち出してしまった辺り…。
ブッダ様が慣れてしまう前に、
きつく言ってやめさせる“勇者”は 現れないものだろか。(笑)

 「日頃のイケメンぶりがああも変わるとはねぇ。」

さあ帰ろうよと促すように歩き出すイエスなのに釣られて、
そうだね、朝っぱらから立ち話も何だと、やっとのことアパートへの帰途につく。
玄関先でちょぴり重いジョギングシューズを脱ぎ、
走り込んでいて出たものか、蒸し暑さから滲み出したものか、
どっちなんだかよく判らない汗をぐいぐいと拭い去り、
トレーニングウェアから、いつものTシャツとジーンズへと着替えてしまえば、
ようやっと何とか人心地つけもして。

 「もともと天使たちは、性別が無い存在なんだけれどもね。」

しかも日頃は特に意気込んで装ってる訳じゃなしと。
体型まで微妙に変えての“変化(へんげ)”さえ、
一種の仮装みたいなもんなんだろうねと、苦笑交じりに言いながら。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、
コップにそそいで“はい”と差し出す甲斐甲斐しさを見せたイエスが、

 「あ、でも、確かブッダも女性に変化
(へんげ)出来るんだよね。」
 「…うん。」

その昔の布教活動の中、

ブッダは“異性が同じ集まりで学ぶのはよろしくない”と説いていたとされ。
比丘尼へ教えを説くおりは、
彼自身も 神通力を使って自らを女性と化したとされていて。
さすがは此処まで親しい親友のこと、知ってましたよということならしく。

 「今はもう無理なの?」
 「いや…どうだろう。」

話の流れからして、妙にわくわくとしているイエスの心境は判る。
どんな女性になれるものか、良ければ見せてくれないかとの期待をしておいで。
だがだが、

 “あの美貌の君を見た後ではなぁ…。”

ゴージャスにして富貴なまでに麗しい、
それはそれは存在感のあった、女神様もかくやというミス・ミカエルの後では。
せいぜい オリエンタルな奇抜さくらいしか勝ち目は無いなと、
こちとら卑屈にもなるというもので。
だがだが、

 「……vv」
 「………………見たい?」
 「うんっ。」
 「………………………判った。」

ずぼらをしないで状況を説明するならば。
もう喉の渇きは収まっているのに、
誤魔化し半分、いつまでもコップへ口をつけていたブッダの傍で。
そんな彼の横顔を、
急かすじゃないけど じいっと凝視しているイエスのお顔が。
……何というものか、
お預けと言われて ちゃんと待ってはいるけれど、
早く“よしっ”が出ないかと、
まだかなまだかな、まだかなまだかな、まだかなまだかな…と
つぶらな瞳を潤ませ、お尻尾振り振り、
ただただ いい子で待ってる子犬にさも似たりだったので。

  そりゃあ根負けするわ、ブッダ様。(笑)

早朝だとはいえ、このご時勢ではどこに誰の目があるか判らない。
遮光カーテンを引くのにと窓辺へ立って行ったそのまま、
一応は今のいで立ちを見回して、別段 着替える必要もないかと確認したブッダ様。
座り込んでたまま、壁際へずりずりと下がって場を空けたイエスを
ちょみっと困ったように見やってから。
その双眸を伏せ、深々と息を吸い込んで、

 「……………っ、哈っ!」

一点集中、気勢一閃。
何とも勇ましい裂帛の気合いが放たれて、
ブッダの総身の柔らかな輪郭に添い、
音がしたかのような濃密な光がほとばしる。
眸を射るような閃光ではなく、
あえて言うなら 形ある膜のようなヴェールのような光であり。
それへとくるまれた輪郭が、再び落ち着いての色彩を取り戻せば、

 「………お。」

最初の立ち位置と微塵もずれぬところへと、
やはりやはり人影が立っており。
白地のTシャツにジーパン姿のまま、
もともと色白ですべらかな肌をしているところも
さして代わり映えはせぬ身であったれど。
それ以外の見栄えは、さすがに随分と変わっていて。
肩も背も腕も、ほっそりと一回りほど縮んでいたし、
腰もくびれていて、ジーパンが今にも落ちそうで危なげ。
一種変装に近い術であるせいか、
面差しもほっそり引き締まり、額の白毫はビンディに変わっていたし、
螺髪だった髪もほどけたか、だが長さは腰にかからぬ程度のそれだから、
完全に弾けてそうなったというものではないらしい。
印象的な深色の双眸は、やや丸みを帯びた分 潤みも増したか、
ぽてりと柔らかい口許と相俟って、
意識はしていないのだろうが それでも、
瑞々しくも甘い色香が匂い立つよう。
最も変わった見栄えが胸元で、
女性用の下着を着けているでなしな筈が、
それは豊かな膨らみを、
Tシャツの生地の下にしかと見せての、
それは魅惑的な肢体なこと、紛れる事なく現しておいで。

 「…………えっとぉ。//////」

仮装もいいところなせいだろう、そこはやはり恥ずかしいのか、
細い肩をなおすぼめ、
体の前で白い両手を重ねると
もじもじと揉み込んでいるばかりのブッダであり。

 「わあ、可愛いなぁvv」

にこりと微笑うイエスの声に、居たたまれなさが増したらしくて、

 「〜〜〜〜。///////」

かあっと真っ赤になってのその場へすとんと、
頽れ落ちるよに座り込んでしまったほど。
そんな彼だったことへこそ、あれまあと心動かされたものか。
ただ見上げるようにして、変身した姿を見守っていたイエスが、
膝を進めると、すぐの間近へと寄り添って、
Tシャツが余り倒した中に泳ぐ、細い肩を支えてやり、

 「とっても綺麗なんだのにね。よほど気力を使うのかな?」

それで疲れたのかなぁと思った辺りの外しようは、いつものイエスに違いなく。
違うの違うのとかぶりを振るブッダなのへ、

 「大変なのなら ねだって御免ね。」

内緒話のように小声で囁くと、

 「頑張ってもらったけど、うん、
  やっぱり私はいつものブッダがいいなぁ。」

えへへと微笑った呑気そうなお顔へ、

 「…………………。」

もうもう、誰が見たいと言ったんだと
恨めしそうに上目遣いとなったブッダ様だったのは
言うまでもなかったのでありました。








BACK/NEXT


  *いやいや、いやいや。
   何だかどんどんと
   イエス様が へたれ系の人誑(たら)しになってくような気が。
   (Hさん、仰有る通りっ。)
   こんなへたれによろめくなんて ないわー。
   ブッダ様、母性本能強すぎるぞ、あなた。

  *さぁさ、次あたりでいよいよ進展させるかもでございます。
   いえね、ダイエットと一緒で、
   おばさん世代は公言しないと腰が重たいのですよ。(笑)
   どかどか、お待ち下さいますように。

戻る